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ハコスカって硬派であって、軟派な車でした。

日本の名車となった第一号のハコスカGTRスカイラインは44年に発売開始となりましたね。
 少し前に発売されていた、トヨタの2000GTは150馬力でした。ハコスカGTRスカイラインは、トヨタの2000GTよりも10馬力オーバーし、160馬力を絞り出すS20型エンジンを搭載してなんと4ドアでデビューしました。
 当時、トヨタの2000GTといえばオートバイメーカーのヤマハと自動車メーカのトヨタが共同開発した日本で最初の高性能スポーツカーだったんです。もちろん価格も破格で、当時の販売価格は238万円!今でレートに換算してみると1500万から2000万にもなります。そのトヨタ2000GTよりもさらにパワーアップして発表されたのです。さすがスカイライン!うれしいですよね!
 そして国内のレーシング・カーレースで不動の地位をものにした50勝中の半分以上を叩き出したのは、この4ドアであるスカイラインGTRなんです。

 スカイラインはバリバリに実力をレース界で見せつけていましたが、テレビCMでは軟派なイメージ「愛のスカイライン」とキャンペーンをしてCMをガンガン流してして、販売台数も急増していました。
 その頃のハコスカだけのお話ですが、43年型にはライトの間にレンズが入っていたり、ヒゲがあったりして、とてもかわいさに、こだわったデザインがありました。
 44年には3ピースだったハコスカのグリルが1ピースになり、マイナーチェンジされました。 45年式には2ドア・モデルが追加されて、グリルは縦じまが採用されました。実はハコスカは毎年マイナーチェンジしていて、マニアでないと細かい違いがわからないディープな車なんです。

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